阿路岐の日常&備忘録です。


by potecoro_ukpa
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カテゴリ:国際的なはなし( 18 )

久々の交流イベント

 広島市は留学生会館で、『ボルゴグラードの日』っていうイベントが開催されました。

 これは、広島市の姉妹都市のひとつであるボルゴグラード市(ロシア連邦)について、市民の皆さんにもっと知ってもらおうという主旨で開催されているイベントです。市の公式イベントではありますが、財政難ですから、殆どボランティアの手弁当に頼った超低予算イベント。逆に言えば、お金なんか無くたって、創意工夫でこういうイベントは行えるわけです。

 毎度の事ながら、私もお手伝いさんとして参加。

 椅子を並べたり、展示品を並べたり、オープンサンドを作ったり…

 やっぱり、こういうイベントって楽しいですね。

 展示品には、私も僅かながらロシアグッズを提供しました。

 ロシアグッズの定番マトリョーシカに、チェブラーシカの縫い包み(正規品)、チェブラーシカのパペット(海賊版)、それから、なんともいえない熊の玩具。

 マトリョーシカは、子供たちに大人気でした。ちっちゃい子が、人形を入れたり出したり。うまくマトリョーシカを開けられなくて、かじっちゃった子もいたけど(汗。まあ、子どもだし、かじられたのは私のだけだったし(そう信じたい)、しっかり歯型がついてますが、これもしっかり異文化に触れてもらえた証拠だから良し。大人だったら?許しまへん。今からロシアに行って露店で買ってこいっ!

 何ともいえない熊の玩具も大人気でした。この玩具、二頭の木彫りの熊で出来ています。片方の熊は四つんばいで、もう片方の熊は箒を持っています。で、つまみを動かすと、箒を持った熊が、四つんばいの熊の尻をバシバシ叩くのです。ね、なんとも言えないでしょ。これを店で発見したとき、私はあまりの可笑しさに腰砕けに。即、購入しちゃいました。

 チェブラーシカの縫いぐるみは、女性に人気で、カメラ付携帯で撮影している人がたくさん。まあ、ここだけの話、片方は海賊版ですけど(汗。本当は、海賊版なんて持っていきたくなかったんですけど、私もあまりチェブラーシカグッズを持っていなかったので…。あ、でも他に展示していたものは、全てちゃんとチェブラーシカジャパンのライセンスに基づく正規品ですよ!

 天気が悪かったにも関わらず、結構沢山のお客さんが来て、良かったです。

 次は、11月11日、エールエールで『ホノルルの日』です。
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by potecoro_ukpa | 2006-09-11 20:03 | 国際的なはなし

動く

 国際会議のプログラムの中に、現代ダンサーによる、ワークショップがありました。あえて簡単に言うとすれば、ダンスをやっている、若い人たちをステージに寝かせ、あたかもベッドの上で寝てるかのように動いてもらう、というものでしたが、そのときに、ダンサーの方が指示していた言葉がすごく心に染入るものでした。なので、それを、ちょっと書き留めておこうと思います。

 みんな、動いて

 死んでいる人は、動きません

 生きている人は、動きます

 寝ていても、動きます

 夢を見ていても、動きます

 裸だったり、寝ているときは、人は戦争をしません

 起きて悪いことをするくらいだったら、寝ていたほうが良いと思います

 動いて

 寝ている自分を起こさないように、動く

 他の人が寝てるかもしれないから、それを起こさないように、動く

 他の人の邪魔をしないように、動く

 表現はしない

 自由に

 自分の楽しみを見つけてください

 ・・・・・・・・・・

 どうですか。色々なものを感じ取れる言葉ではないでしょうか。

 この寝て動くダンスは、病院や老人ホーム、刑務所などで、一種のセラピーとしても使われているんだそうです。

 

 
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by potecoro_ukpa | 2006-09-03 19:44 | 国際的なはなし

新蛋白源

 コオロギの天麩羅は幸い食べずに済みました。畑には、まだ、あんまりコオロギがいなかったんです。

 コオロギの天麩羅を食べそこなった甥っ子、今朝は、セミを三匹も捕え損なったらしく、朝からブスけてました。あんまりセミに執着してるもんだから、今度はセミの唐揚げでも食べたいって言い出すんじゃないかと、内心ちょっと冷や冷やしちゃいましたよ。セミの唐揚げよりは、コオロギの天麩羅の方がまだましだなぁ。有り難い事に、そんなことを言い出す事もなく、朝食時には機嫌も直ってニコニコでした。

 ちなみに、甥っ子にコオロギの天麩羅なる言葉を教えたのは、おじいちゃん。つまり、私の父です。父は、山育ちで、小さい頃は、蜂の子やイナゴがおやつだったみたいです。さすがにコオロギを食べた事はないらしいのですが、コオロギの天麩羅、いかにも父らしい発想で可笑しかったです。

 それにしても、今の世界の食糧事情、そして食糧の大半を輸入に頼る日本の現状を見るにつけ、いずれは本当にコオロギの天麩羅を食べないといけない日が来るかもしれません。虫を食べる事にはかなり抵抗がありますが、世界には日常的に虫を食べる文化もありますし、所詮は感じ方の問題なんでしょうね。虫が貴重な蛋白源なのは間違いありません。

 私達の食糧、そして生存をどう確保していくのか。米国の食糧生産を支えていた地下水が枯渇の危機にあり、中国も食糧輸入国に転換しようとしている今、抜本的な対策を考え、備えていかないといけません。

 イナゴの調理方法を半ば本気で父に質問する阿路岐でした。
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by potecoro_ukpa | 2006-08-14 19:12 | 国際的なはなし

被爆61周年-ナガサキ

 今日は、長崎の被爆61周年ですね。

 私の本棚には、まさに61年前の今日、長崎に原爆を投下した張本人の本があります。

 チャールズ・スウィーニー少将、B29『ボックスカー』の機長。

 彼は、著書の中で、原爆投下の正当性を主張し、日本軍が特攻作戦まで用いて抵抗していた当時は、原爆投下こそが合理的な判断であったのだと述べています。

 当時のアメリカにとって、原爆投下が必要だったか必要でなかったか。そんなこと、私には、分かりません。そんなものは立場によっていくらでも変わります。

 ただ、あれは、使ってはいけなかった。

 どんな理由をつけたって、あれは正当化はできないでしょう。

 一発の爆弾で、街が一つ破壊されてしまったんです。そこにいた人々の命、生活、そして思い出。原爆は只一発でそれを奪ってしまった。

 ちなみに、一般によく言われること、原爆が炸裂した瞬間、中心温度摂氏百万度を超える火球が膨れ上がり、その熱線と爆風によって一瞬にして十数万の人が亡くなったということ。

 被爆者の話を聞く限り、これは、必ずしも正しくありません

 銅を溶かすほどの強烈な熱線ですが、それはほんの一瞬です。大火傷を負わせますが命をすぐには奪いません。

 爆心直下で外にいた人が、火傷で身体が膨れ上がっても、投下直後はまだ生きていたというのです。多くの人は、建物の下敷きになりその後発生した火災で生きながら焼かれていったそうです。

 これこそ、生き地獄というものではないでしょうか。原爆は一瞬にして命を奪うのではありません。時間をかけて奪っていくんです。場合によっては、何年、何十年もかけて。

 それをどう正当化するというのでしょうか。

 パールハーバー?真珠湾攻撃に対して米国の人が怒りを覚えるのは自然なことです。もっともだと思います。でも、原爆を正当化する理由にはなりません。

 ただ、幸いなのは、前述のチャールズ・スウィーニー少将が、核兵器を使用した人間は自分が最後であって欲しい、と述べていることです。本当にそうだったらどんなに良かったか。

 今、世界中でウランがばら撒かれてます。

 劣化ウラン弾。

 「劣化」という言葉にだまされちゃいけません。

 兵器に使われるウラン235とは中性子の数が若干違いますが、あれは、れっきとしたウランそのものです。ウラン235の同位体ウラン238が「劣化ウラン」なのです。化学をちょっと勉強したことのある人なら誰でも知っています。天然ウランよりは低いけど、少なくとも自然界よりも遙に強烈な残留放射能は必ずある。無害なわけがない。

 地球上から、健康的に暮らせる土地が段々失われつつあります。

 私は、平和主義者ではありません。しかし、今のこの状況は破滅に向かってるとしか思えません。

 どうすれば、それを防げるのか。



 







 

 
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by potecoro_ukpa | 2006-08-09 22:27 | 国際的なはなし

被爆61周年

 日曜日

 晴天の下、平和記念式典に参列してきました。

 6時半には会場に入ったので、平和記念公園の西側、原爆死没者慰霊碑(正式名称は、広島平和都市記念碑)の近くの森の中に陣取ることができました。この場所だと、式の様子がよく見えるのです。

 面白かったのは、小泉純一郎首相の入場と挨拶、そして退場風景です。パトカーと白バイに先導されて、黒塗りの車三台が結構なスピードで会場に入ってきて、停止。前後の車からSPがワラワラと出てきて、首相の周りを固めていました。ボタンを外した背広の陰には拳銃が隠れてるんでしょうねぇ。くわばらくわばら。その後も、献花や挨拶の度にサササッとステージ下を固めてて、なんか凄かったです。

 式の流れは、特に変わった点も無く、例年通りでした。60周年で大掛かりなステージも設けていた去年に比べると、設備も例年通りの規模に縮小されています。が、いい式だったと思います。60周年の去年は、来年の式典はどうなるのかなぁと考えていたのですが、今年も日本各地そして世界中から参列者が集まっていました。

 いつもながら、この式典に参列すると、特別なものを感じます。

 核。質量がエネルギーに変化するという自然科学における最大の驚異。その問題点を普段から考えている人は、非常に少ないと思います。最近は北朝鮮の核開発疑惑等もあり、関心が高まっているような感じもありますが、それでも、原爆そして原発の問題をどこか遠くの話のように感じてしまっている人の方がはるかに多いのではないでしょうか。

 そうした核の問題に向き合える数少ない場、それがこの平和記念式典です。普段、原爆のことを全く考えたことのない人も、ここに来ると、否応なしに考えさせられるはずです。

 エネルギー源の一つとして私たちの生活を支えている核。一方で、61年前、数多くの命を奪い、今も世界各地で命を奪い続けている核。

 その核と、私たちはどう付き合っていくのか。この問題がまさに喉元に突きつけられていることを一人一人が自覚し考えていかないといけないと思います。
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by potecoro_ukpa | 2006-08-06 21:36 | 国際的なはなし

Return to Earth

 17日現地時間午前9時14分、スペースシャトルディスカバリー無事帰還。

 一年ぶりの飛行が無事成功に終わり、喜ばしい限りです。

 実は私、小さい頃から、ロケットとか飛行機とか、そういったものが大好きでして、中学校の時には、科学雑誌『Newton』なんかも読んでたりしてました。だから、今でも、航空宇宙技術に関するニュースは気になります。

 しかし、スペースシャトルの成功を見ても、昔ほどワクワクできなくなりました。

 ご存知のように、こうした宇宙開発は、常に軍事戦略と密接に結びついて発展してきたのです。ソ連によるスプートニクの打ち上げ成功は、大陸間弾道ミサイルによる核攻撃能力を米国に見せ付けるものでした。その効果はてきめんで、米国は、ロケット技術=ミサイル技術の開発に注力することになるのです。ガガーリンの飛行、米ソの月面着陸競争、どれもこれも、軍事と政治が絡んでいます。最近では、中国が有人飛行を成功させましたね。すごいことだとは思いますが、国家の威信を示すという以外に大した目的はなさそうです。

 手元にある『宇宙開発』(ニュートンプレス社)という本を開いて驚いたのですが、スペースシャトルでさえ、過去の飛行の内、かなりの回数が国防総省のフライト。資料が古いので、はっきりとは言えませんが、チャレンジャー事故以降は平均して3~4回に1回は国防総省のフライトが行われているようです。

 今回の飛行は、まさに米国の威信をかけたものだったといいます。なんだかなぁ…。

 そして、今度は火星への有人飛行を目指すなんて言ってる。一体何考えてんだか。有人飛行は、探査機を送るのとはまるでわけが違う。火星にたどり着き、さらに地球戻るには、それだけの生活設備と食料、水が必要なのですよ。それも何ヶ月分も。映画『エイリアン』みたいに人口冬眠しますか。それにしても大変だ。

 生命維持に必要なものを満載した宇宙船を、火星に行けるくらい加速させるには、莫大な燃料が必要です。ついでに、火星の軌道に入る際の減速用の燃料、火星軌道離脱の燃料、地球軌道に入るための燃料…。

 ここで、忘れてはならないのは、この燃料の質量がバカにならないということ。スペースシャトルのオービターに比べて、燃料タンク(オレンジ色の物体)と2本のブースター(白いロケット)がいかに大きいか考えてみてください。燃料タンクはもちろんブースターも、中身は殆ど燃料。つまり、宇宙空間に人と1~2週間の生活設備を打ち上げるだけで、あれだけの燃料が必要になるんです。

 火星に行って戻ってこれるだけの燃料を積むとなると、宇宙船の質量はすごいものになります。質量とは動かしにくさ。燃料による質量の増加分を補うにはもっと燃料が必要です。でも燃料を増やすと、また質量が増えます。すると、更に燃料が必要になり…。

 この問題を打開するには、イオンエンジン、太陽風、反物質とか…結局どれも大変そう。人を送り込むのに莫大なエネルギーが必要なことには変わりありません。そして資金もね。

 ブッシュ大統領も、米下院の面々も、ちょっとは物理を勉強してから「火星に行く」って言えよな。スペースシャトルでもヒイヒイ言ってんのに、火星なんか行ったら国が潰れますよ。

 米国のSFドラマ『スタートレック』の冒頭のナレーションでも言っているように、宇宙は人類最後のフロンティア。ソ連のスプートニク打ち上げも、米国の月面着陸も、まさに人類の偉業と言っていいでしょう。

 だから、今度は地球に戻るのです。地球上に転がる、いまだ解決できない数々の問題に取り組むのです。それらを解決するのは火星に行くよりも難しいでしょう。でも、少しでも解決できるなら、それこそ人類の偉業。火星に行くより、ずっと価値があると思いませんか。
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by potecoro_ukpa | 2006-07-19 20:57 | 国際的なはなし

平和記念公園の日曜日

 日曜日は、朝から、平和記念公園は原爆ドームの川向こうで、おにぎりを食べていました。朝の平和記念公園が、私はすごく好きです。静かで、涼しくて、すずめがお喋りする中に座っているのは、なんとも言えず良いものです。斜め前のベンチでは、お姉さんがギターを弾いています。目の前を、犬をつれて散歩している人が通ります。皆、思い思いに日曜の朝を過ごすことが出来るここは、広島で一番落ち着ける場所です。まさに平和公園。

 お茶をすすりつつ、対岸の原爆ドームを眺めていると、だんだんと人が増えてきました。皆、ニコニコ笑ってピースしたりして写真に収まっています。私からすると、なんだか墓の前で写真を撮っているようで違和感があるのですが、でも、気持ちはよく分かります。せっかく広島に来たんだからね、原爆ドームの写真はとっておかなくちゃ。

 ふと、レストハウスの方を見ると、ウオッカの瓶を手にした爺さんがフラフラと歩いてきました。隣のベンチに横になり、何やらラジオを聴いてヒャアヒャア笑ってます。なんかあったんかな、この人。私は、よっこらしょと腰を上げて平和記念資料館に向かいました。

 この日、資料館に向かったのは、展示をゆっくり見て回るため。何度も行ったことのある場所ですが、いつも時間に追われてて、じっくりと見て回れたことがなかったのです。留学生に何か訊かれても困らないよう、一度ゆっくり見ておきたいと常々思ってました。

 そんなわけで出かけた資料館でしたが、館内に足を踏み入れてみると、『宮武甫・松本榮一写真展-被爆直後のヒロシマを撮る』という企画展を地下一階でやっているのを発見。そっちに興味を惹かれた私は、そのまま地下に行きました。地下では、前述の写真展に加え、市民の描いた原爆の絵の展示と、ヒロシマ・ナガサキ新着資料展が行われていましたので、まずは、原爆の絵の展示を見ることにしました。

 被爆直後の広島市内を写した写真は非常に少なく、特に被爆当日の写真は、私の知る限りでは、御幸橋付近の様子を写したものが一枚と、離れた場所から「きのこ雲」を写したものが数枚残っているのみです。ですから、被爆時の様子を知るには、被爆者の話と絵が頼りなのです。

 原爆の絵をまじまじと見るのは、実はこれが初めてでした。かなり、きつかったです。正直、写真よりもきつい。たぶん、絵や文章に、原爆を生きてきた人の思いや生き様が強く表れているからでしょうね。

 ところで、原爆の資料を見るとき、私がいつも悩むのは、どうしても、原爆を実感できないということでした。ボロボロになった服を見ても、捻じ曲がったガラス瓶を見ても、私が理解できるのは、「昭和20年8月6日、広島に世界初の原子爆弾が投下されました。多くの方が亡くなりました。」ということ。それは歴史の本の1ページに過ぎません。つまり、昔話なんです。神話といってもいい。

 でも、原爆の絵は違いました。描かれている光景や、その説明文はもちろんのこと、絵筆のタッチ、説明文を書くときのの推敲の跡から、その人の見た原爆、そして人生そのものが強く感じられるのです。それは、原爆が現代に甦る瞬間。その人たちと共に原爆の投下の瞬間を生きなおしているような感覚でした。しんどかったけど、根性で、絵をすべて見て、説明文も全部読みました。

 次に行ったのは、新着資料展。驚いたのは、新着資料の中に、私が以前お話を聞かせて頂いた被爆された方のお友達の日記があったこと。ガラスケースに入っているので残念ながら中身は読めませんでしたが、その時の話が思い出されました。
 「日本人形みたいで、可愛かったのよ~。副組長に選ばれてね、みんな影で、あの子かわいいから、先生のヒイキだよって話してたんです。」

 最後に行ったのは写真展。見たことのある写真もあれば、そうでない写真もありましたが、やはりここでも強烈に興味を惹かれたのは、前述の私に被爆体験を話された方が通っていたという学校の廃墟の写真でした。直接話に聞いているだけに、考えさせられるものがあります。あの日、私に話をしてくださった方は、体調が悪くて学校を休み、自宅で被爆しました。副組長に選ばれた可愛いあの子は、建物疎開に出かけて被爆。川の近くにいるのを目撃されたのを最後に、行方不明になり、いまも見つからないままです。

 かれこれ2時間かけて地下の展示をすべて見て回り、よれよれと地上に出てきました。もうお昼。太陽のまぶしさに目を細めて歩きつつ、ふと目に入ったのは、去年できたばかりの国立広島原爆死没者追悼平和祈念館。しんどいので、ちょっと迷いましたが、なんだか中は涼しそうだし、休めるかもしれないし、あれだけ見たんだから、これも行ってみてしまおう、と入っていきました。

 入った途端、美人受付嬢に「こんにちは~☆」とパンフレットを渡され、軽く後悔。追悼平和祈念館、だだっ広い地下空間を自由に見て回れる場所を想像していたのですが、資料館同様、ちゃんと順路をたどって見て行く構造になっているようです。

 らせんじょうの通路を歩いて、地下へ地下へ。途中、ところどころに、戦争と原爆投下の概略の説明が、日本語と英語と韓国語と中国語で書かれています。これは国立の施設なので、ここに書かれているのは日本政府の公式見解と言ってもいいでしょう。中国・韓国の人はどんな感想を持つのかな、なんてボンヤリ思いながら歩いていたら、途端に、巨大な円筒形の地下空間に出ました。

 中心に水の溢れる白い彫刻が置かれ、壁には広島の風景が焼き付けられています。壁の下方には小さなタイルが敷き詰められていて、タイルには広島の地名が書かれていました。パンフレットを見ると「平和祈念・死没者追悼空間」と書かれていました。う~ん…「追悼空間」というよりは、ハイセンスな地下ホールといった趣です。居心地のいい場所だったので、しばらくベンチに座ってました。

 そこを出ると、次に出てきたのは、被爆者の遺影を検索できるコーナー。なんと、パンフレットを検索機械に差し込むと、パンフレットの言語に応じたメニュー画面を表示するというハイテクぶりです。そして、コンソールのまた格好良いこと。試しに、前述の被爆された方のお友達の名前を検索してみました。登録されてるかどうか不安だったのですが、ちゃんと名前がでてきました。名前のアイコンを押すと、青みがかった綺麗な遺影が出てきました。お話にあった通り、確かに日本人形を思わせる可愛らしい方でした。

 こうして、日曜日は午前中いっぱいを平和記念公園で過ごすことになりました。精神的にかなり疲れたけど、有意義だったと思います。

 それにしても、追悼祈念館は、なにからなにまで格好良かったなぁ。
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by potecoro_ukpa | 2006-07-12 19:41 | 国際的なはなし

ミサイル発射

 あ~、げっそりだ。日本海に7発も打ち込むとは。瀬戸際外交にも程がある。
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by potecoro_ukpa | 2006-07-05 20:27 | 国際的なはなし

割り箸

 さっき、NHKのクローズアップ現代を見てたら、日本の割り箸製造業者が危機的状況だそうで。

 なんでも、中国製の安い割り箸に押されて次々に廃業してるそうです。さらに、材料の減少も背景としてあるようです。もともと、割り箸は、間伐材を加工した後の切れ端を使って作ってたそうなのですが、その間伐材が安い輸入材木に押されて売れなくなったので、間伐自体を行わなくなり、割り箸の材料が手に入りにくくなったとのこと。また、今や山が荒れ放題なんだそうです。

 単に、「安い」という、値段だけで判断してきた結果、国土が荒れるという事態になっちゃってるんですね。実に深刻な問題です。

 いつだったか、たこ焼きなどに多く使われているモロッコ産のタコが絶滅寸前になり、禁漁になったとのニュースを見てびっくりしたことがあります。安くて美味しいモロッコ産のタコ。それが入らなくなったことで、たこ焼き屋さんは安い価格を維持できなくなり、次々廃業したとのことでした。当然、モロッコの漁師さんも生活の手段を失います。

 背景には、日本でのたこ焼きブームがあるそうなのですが、まさか一国のタコを絶滅させかねないほどタコを食べていたとは、何ともびっくりです。私たちの購買行動がモロッコの海の生態系を破壊してし、多くの人々の生活を奪ってしまったのです。

 私、タコが大好きなので、このニュースは本当にショックで、暗澹たる気持ちになりました。

 『クローズアップ現代』のゲストで出演されていた経済学者の方が、「もはや『安い』という価値判断だけで動いていては、やっていけない時代です。一つ一つの価格にはどんな背景があるのか、そこまで見抜いた購買行動が求められます。」と、おっしゃられていました。

 私も大いに賛成です。非常に難しいことではありますが、私もよく勉強して、買い物一つとっても、考えて行動していきたいですね。

 最近では、フェアトレードを謳い文句にした商品もちょっとずつ見かけるようになってきました。アフリカの貧困問題への取り組みで知られるU2のボノは、自らの知名度を生かして、オリジナルファッションブランドを立ち上げ、原材料の生産から加工、縫製まで全てアフリカで行った服を販売しているそうですね。どうしても立場の弱い一次産品への適正な資金の流れと、雇用創出を狙った事業で、非常に素晴らしいと思います。何より、単なる「慈善事業」ではなく、きちんと「商売」として成り立ってるところが凄いです。

 こうした事業がもっと増えるといいなぁ。
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by potecoro_ukpa | 2006-06-06 21:26 | 国際的なはなし

MD?

 日曜日、広島市で『重慶の日』が開催されました。

 広島市と中国の重慶市は友好都市提携を結んでいるのですが、この行事は、広島市民の皆さんに重慶市そして中国の文化に触れて理解を深めていただこうというような趣旨で毎年開かれているのです。今年は提携20周年ということで、重慶市からは270人もの大使節団が来広し、例年とは桁違いの規模のイベントとなりました。

 人手が足りてないようなので、私も、気分転換がてら、お手伝いとして参加。

 朝、集合場所でスタッフの一人であるIさんを見つけて挨拶したら、彼女、何やらDJがディスクをスクラッチするような動作をしながら言いました。

I 「阿路岐さん、私、今日はMDをするんですよ~。」

阿「へっ?MD?」

I 「・・・MJ???」

阿「・・・DJですか?」

I 「そう、それ!DJ!」

 この方、実は私の高校の先輩。すんごく美人で格好良くて聡明で、憧れてたのに…思いのほか天然みたいです。

阿「DJをなさるということは、挨拶なんかも、こうキュッキュッやるんですか?」

I 「そうそう!ニーニニニニーハオハオハオって。」

 あ~もう、朝から笑った笑った。Iさん最高。大好きです。しかし、「ニーニニニー」なんて本当にやったら国交断絶ならぬ都市交断絶に繋がりかねんですね。まあ、幸いなことに、これをやるには結構な設備が必要になるだろうから無理ですけどね。MD・MJ・DJという言葉を使って、彼女が言わんとしていたのは、要は「私、今回は音響を担当するんです。」ってことでした。

 それにしてもMDって聞くと即思い浮かぶのはMini Discですが、他にも何か意味はあるのでしょうか。ふとそんなことを思いついて手元にあった辞書(リーダーズ英和辞典)で調べてみました。

MD: mano destra; match dissolve; musclar dystrophy; music director

 上にあるのは、私が興味を持ったものを書き出したもので、他にももう少しありました。
mano destraは音楽用語で右手という意味みたいですね。match dissolveは映画・テレビ業界の専門用語らしいのですが、意味はなんだかよく分かりませんでした。musclar dystrophyは読んで字の如し、筋ジストロフィーです。最後に、music directorとありますが、なるほど、この意味ならば、Iさんの「MDをやるんですよ。」という表現は間違いではありません。そのほかにも、最近よく目にする言葉として、Missile Defence、つまりミサイル防衛なんかもありますね。

 ついでに、MJ、DJも調べてみましょう。

MJ: marijuana; military judge

DJ: disc jockey; Dow Jones

 え~、MJにはあんまり良い意味はないようですね。marijuanaは読んだまんま。military judgeとは、分かるようでいまいち分からないのですが、軍法会議の判事という意味でしょうか。

 disc jockeyは私たちが普段DJと聞いて思い浮かべるものですね。Dow Jonesは、米国の大手通信・出版社の名前だそうです。

 こうしてみると、私たちが普段使ってるMDのような言葉は、他にもいろんな意味で使われているのですね。どの言葉を略しているのかは、その文脈によって決定されるわけですが、英語の略語は頭文字だけを取っている分、どの意味かを理解するにはそれなりの知識が必要になりそうです。結構、専門用語も多いですしね

 さて、Iさんは、MDという言葉を、Music Directorという意味で使っていたのでしょうか。残念ながら、ディスクをスクラッチする動作をしていた以上、やはり頭の中ではDisc Jockeyを意図していたようです。あのとき、「Music Directorですよ~」なんて言ってたら、格好良かったのになあ…いや、そうでもないかな。
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by potecoro_ukpa | 2006-05-23 19:41 | 国際的なはなし